診察室の窓から


by italofran55
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義仲寺の墓

京都の夜を過ごしたあと、琵琶湖の大橋のたもとあたりに泊まり、翌日は
日吉大社、園城寺を散策
近いので、源義仲の墓といわれる、義仲寺によってみた。
もちろん 芭蕉が遺言で自分の亡骸ここに葬って欲しいといってのことらしいので。

悲劇の人が好きでとの理由であるが、日本史にもっと悲劇の人はいる、
なぜ 義仲?という疑問は、現代の私にはあるかな。

門下の俳人もそう思っていたのか

木曾殿の隣に眠りさむかろう というような句をよんでいる。

ほとんど庵のような小さな寺だ。昔はそこそこ大きな寺であったらしいが
俳句の寺らしく、集積回路のように小さな空間にいろいろなものが詰まっている

はいって庵の裏、右奥に、ほとんど場所のない、隣は人家の塀の暗く湿っぽいところに

なんと、保田與重朗(日本浪漫派、戦前の国粋主義的文芸評論家)の墓があって
びっくり、これは結構大きい あとで不必要に大きいと印象を持つにいたる。

そしてその隣に、黒くてそう大きくないが、品のよい灯篭ふうの墓がひとつ

無 とだけ書いてある
興味を持って、何とかその狭い空間から、裏を見ると
三浦義一 とかいてある。
右翼の大物の名前に似ているが。

庵主と思われる女性に聞くと、この寺は、戦後うち捨てられており、廃棄されそうになっていたこの再建にちからのあったのが、三浦義一という戦後右翼の親玉の一人であるらしい

この方は若い頃は短歌、文学を目指し日本浪漫派に属していたか、そのころから保田與重郎としりあいだったらしい、後に右翼運動家となっていく 中国南京における三浦機関 のボス
戦後は保守政界に深くかかわるものとしていろいろな疑獄事件に顔を出す。
アメリカとの関係ももちろん示唆されている。

義仲 芭蕉ときて思わぬ方向にそれてきているが、そんな人の墓が 無 という墓碑銘とともにあったのである。
天皇を輔弼しようと武力で禁裏近くまでいたり、その後にやぶれ、自害にいたる。
三浦の中では、いくつかの天皇をとりあった昔からの歴史上のクーデター 明治初期または、昭和の痛ましい二つのクーデター事件がオーバーラップしていたのではないかと思われる。

しかしである、無の墓碑銘は何を示すのか
西欧的な価値観で行ったらこの表徴は出てこないであろうし、どんな悪人でも nothing、no,nie,non とは書かないだろう
やはり主題は  神 愛 天主 家族 といったことになるか

わたしには、はじめ、この無の墓碑銘はニヒリズムの印象が強く、悲惨ー陰惨な感じを受けた。
戦後、経済的、権力的な意味では満足の行かないことはなかったであろう人がである

もう一人 無 の墓碑銘を持つ有名人をわたしは知っているが、そのときも凄惨な印象をもった。松田優作である

三浦義一にとっては 無 はある東洋的美意識を持った言葉であったのか
それとも、人が生きている間に当然引き裂かれて生きている生 そのものからの別れを
ある、悟りのもとに搾り出した一言であったのか

ただ 無 とは日本的、アジア的な粋を表しているのかもしれない
戦国の武将の旗印や武具につけていたという話もある

右翼思想家にとっての天皇制、天皇、天皇家は政治実現のための仮想ー懸想体制であり
あの世に持っていくほどの何事でもないという考え方でもあろう、
それは押込めの思想にもつながるのか
天皇の右翼嫌いもわかるきがするが

彼の秘密に満ちた一生は 病苦 作吟 革命 テロリスト 浪人 軍情報機関の幹部 東条を暗殺に行きかえって意気投合 敗戦 
そこでアメリカと日本の反共勢力と何があったのか、 右翼として政財界に恐れられる 疑獄事件にもたびたび噂される  とある劇場的人生をおくっているようだ。

そこにはなにやら 善と悪の深み、逆転 信仰と裏切りの極限のはざまが見られるような気がするのである

病、そして老化、死の予感の前に

旅にやんで 夢は枯野を かけ廻る

とした風景が浮かんだのではないか

それは、緑野、若葉でもなく、荒涼とした日本の冬の風景である

日本民族でもなく、天皇でもなく、そのとき彼の使い慣れてきた言葉の示す極北

そうであれば、無としか書かざるを得なかった。

そうおもえば、わたしにも少しは納得できる一言として受け取れる。

義仲寺にいって思わない印象を持ってしまったが、

このところそこは俳句の聖地でもあると聞き、少し俳句の本などを読んだりしている。


保田與重郎の芭蕉という本も買ったがよくは読めなかった。やたらにわが国の歴史という言葉がでてきて、読んでいて狭苦しすぎるのである、
もうこのたぐいの本を若い人が読みこなすことはできないであろう。

小林秀雄の 無ということ を読んでみた

偶然にこの寺に近い坂本の町のことが出ていた
時間がたつのを忘れたような、私の好きな日本のいい町である

ふと、無 ということが 悪いものでなかったような気になってきた


血腥き 武者等に囲まれ 芭蕉ねる 
頭のお医者さんのひとりごと
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by italofran55 | 2007-12-03 09:29 | 旅行