診察室の窓から


by italofran55
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アンジェリーナ・ジョリーのようなちょっとグラマー系の女優は好きだし
いろいろな子供を引き取って育てているのは尊敬に値するが
乳房除切手術をしたと聞いてびっくりした

正確には乳腺除切と再建手術だから大きな胸がなくなるのではという私の心配は杞憂だったが

彼女の生い立ち、成人になってからのくせを知ると
すこし心配でもある

ナイフの収集癖があり、自傷行為にて快感を得ていた
セックスの時には互いに傷をつけあって快感を得ていたという

もちろん精神的に影響のある物質への依存もあったと推察する
この時点で精神科に受診していればなんらかの診断名がついてしまう

顔やボディーのラインをみるに整形手術もけっこうしていたのではないかと想像される
一般的な意味で負の行為の連鎖からpositiveな方に逆転した
アメリカらしいいい話であると思う

そして今回のがんの予防のためのオペ

若い頃から一貫している何かがある
強烈な自我意識 それゆえの自我境界の鮮明さを求めること
コントロールへの欲望とその喪失 挑戦 といえるか

彼女は今回は健康への飽くなき挑戦をしているといえないだろうか
アメリカのcutting edge な知識の力も借りてーいかにもアメリカ的と思うが
今後10年の間に予防法さえ驚異的に進化することさえあるというのに

ひきつづく自己へのメスのいれよう
(polysurgery 頻回なオペ症とでもいうのだろうか) 
を思い出してしまった

であれば乳腺のオペの後またするのかなと予測していたのだが
卵巣摘出もするというー
一連のがん予防ともいえるのであろうが

彼女の人生では

今後も理想を求めてオペが続くのではとちょっと考えている
彼女のようにかなりの勢いで前向きに生きることには大いに賛成である
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# by italofran55 | 2013-05-17 11:36 | 社会ねた
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因幡の白ウサギの話は子供の頃からみんなが知っている
絵になりやすいのでイメージで覚えていると思うが
背景の意味を解釈してみよう

白ウサギは隠岐の島から因幡に渡るときに
フカに私の部族の人数と比べさせてよ
並んでみてと頼み
フカの群れにならんでもらいその背中をぴょんぴょんと跳び越えて
まさに因幡の浜につこうとするときにだましたのよと告白して
毛をむしられてうち捨てられる

通りかかった大国主命の兄たちに塩を塗りおこめば
早くよくなるといわれてやってみると
余計にひりひりして苦しんだ
末弟の大国主命が真水で洗いがまの穂をひいてその上を寝転んでいれば直ると教え
その通りになったウサギは貴方は因幡の八神姫と結婚できるでしょうと予言し
婚姻が成就したというのである。

この背景の意味はあきらかであるがあまりに直截な話なので作り替えられたのだろう
象徴しているものを置き換えて読んでみよう

白ウサギは女性である 隠岐の島から因幡に渡ろうとしている
フカの群れは軍隊であろう
白ウサギは因幡の姫である八神姫とごく近い仲であるように思われる
一族か姉妹、近習の姫であろうか
おそらく隠岐の島の領主のもとに嫁いでいた

隠岐の島は大国主命の兄弟にとって領地獲得の標的となっている
兵に囲まれた隠岐の島の姫は命からがら島を抜け出し故郷の因幡に着こうとしたところを
大国主命の兄の兵、または兄によって乱暴、強姦されてうち捨てられる
末弟であった大国主命は白ウサギ姫をすくい姉である八神姫と婚姻をして
島根のとなりの地方鳥取あたりを勢力圏に引き入れた

大国主命の一族が勢力を拡大していく上でおきたエピソードを
神話として読み続けられるように書き換えたとみてよい

しかし八十神の反撃がいつか起こるだろう

大国主命一族が滅亡した後八百万神たちさえ
出雲大社に集まってしまったのだから
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# by italofran55 | 2013-05-10 12:55 | 歴史
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大国主命はどんな人物だったのだろう 
出雲大社の前にある酒造店に大国主命の名乗った名前を張り出してあったが20個くらいあるのだ
古代ではよくあることだがなぜこんなに多いのだろう

これは大国主命がいくつかの人物のエピソードからなりたっている人格だからではないだろうか
大国主命という古事記におそらくはじめて出現したものも地位の名称ともみてよい
大王とか天皇とか
富永仲基という江戸期の哲学者が日本の宗教の傾向として加上という概念を述べている
後世の人がある宗教的対象に対して事実を次第に付け加えていき複雑怪奇なものにしてしまうことだが
それが起きているのではないか

大国主命には八十神という一族の神がいてしょっちゅう争乱を起こし
彼は何度も死んで黄泉の国に行き あるときは母が高天原に行き救済を頼み生き返っている
当然だがかなり大量の婚姻をなし180人の子供がいたという
これは現実にあるかな?ドレスデンのザクセン王国のアウグスト強王は350人の子供がいたというが

これも複数の人物の合成と考えてもいいだろう

彼自身は高天原の素戔嗚尊・スサノオの娘をもらっているともあるし
実の息子とも2代~6代あとの子孫ともいう 出雲の高位の王族が混じっているのか

天上にあった高天原政権との距離は近くなっている

八十神といえば思い起こされるのは天の岩戸の事件の時の
八百万神であるーこのことについてはあとで述べよう

大国主命は国引きの神話によるように 新羅 隠岐 北陸のの越ー高志より土地を引っ張ってきて
出雲の国を作ったとある
逆にみてみよう そこまでが勢力範囲だったと 梅澤猛説では新羅からきた王朝とあったかな
美保神社の町にある青垣通りにいくと金沢藩が漁を監視に来ていたという家の後があった
古来より交通の盛んなところだったのだろう
諏訪神社の祖先たちもきっと越ー高志を通って落ちていった

国引きの神話と同時に因幡の白ウサギの話も苦闘して国を広げた話として
読むことができる
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# by italofran55 | 2013-05-06 10:59 | 歴史
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恵比寿さまが大国主命であると思っていたのは間違えで
大黒さまがそれを表し 大国主命の子供の事代主命(ことしろぬしのみこと)が恵比寿さまにあたるらしい

事代主命は現代風にいうと 事情を知る男 すべてを知る男 かなり意味深な名前である
しかしその昔の意味では神の予言を預かる神官という意味らしい、
大王側から派遣された神官という説もある

その男が国譲りにおいて父に決定的な進言をしている
大和朝廷において最大の国家統一の功労者がその後どうなったのだろうか
まつられている美保神社の対岸にあり今はうち捨てられている倉吉にある波波伎神社の山々に隠れ住み
なくなったそうであるという

国譲りの最大の功労者にしてはあまりに寂しい死に方である
彼の兄弟の大国主命の子供タケミナカタの命は高天原政権から派遣されたタケミカズチの命と争って負けて
日本海側船で転々とし新潟側から信濃の諏訪地方に入り諏訪神社を開いている
100人単位の部隊でしかなかったのではあるまいか そのころの人口密度 道の状態 国の間の連絡状態
食べ物の生産量 保存法からいって その程度の部隊で地方の征圧が可能だったろう

国譲りははじめは争乱で始まり大国主命側の敗走で終わっているのだろう

その条件として出雲大社という当時としてはスーパーに大きな神社が造られた
しかし大国主命はそこに住まない
それをつくってくれるなら霊界に身を引くというのである
これは何を意味しているのだろう
単純に考えれば大国主命は戦乱によって霊界に行ってしまった-殺された
そして普通はその子供である事代主の命が出雲大社の神官長になるべきところを
引退させられてしまって 戦争の功労者が神官家を占めることとなる

出雲大社の神官家は千家ー北島家さんという80代続く家系がある
1世代20年とすると1600年は続いているーそのころ漢字が伝わっていたのだろうか?
ちょうど西暦400年 卑弥呼と大和朝廷成立の歴史空白の時代である

この神官家の祖先は天照大御神の子供でアメノホヒといい出雲説得に使わされて逆に大国主命に説得されて部下になってしまった人であり、その子孫であるという

出雲の有力者となり高天原ー出雲戦争にて決定的な裏切りをしたのではないだろうか

古事記の初期の項目においては出雲の国譲りがかなりの部分を占めているらしい
それだけ大王の国に歴史にとっては重要であった事柄だ

しかし大国主命の子孫はその後にはおそらくでてこない
出雲の部族連合国家において頂点の家は抹殺されてしまったのだろう
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# by italofran55 | 2013-05-04 19:51 | 歴史
漫談家の牧しんじさんの死には驚く
自殺というものは普通の人には想像もつかない苛烈な方法を選ぶことが多い
それだけ周りのことが見えなくなっていると思われる

牧さんの飛び降りで思い出したのはポール牧さんの飛び降り死だった
一般にいえばうつの劇症化のことがおおいが
うつの重症化はじつは双極性障害だったということも多いと思われる
ポール牧さんはどちらかといえばこのタイプだったのではないか

牧しんじさんは きまじめで業界の長までやり
脳梗塞の後も現役に固執していたらしい
性格的には双極性障害の要素は少ないだろう

むしろ脳梗塞後の重度の激越性うつ状態だったとおもわれる。
脳梗塞の場所によっては なかなか言葉がでてこない
運動性失語という状態になり 漫談家として致命傷になった可能性もある
治療も受けていたと思うがなかなか予測は難しいことも多い

同門で同世代 不思議な死を迎えた二人だ
お笑いの世界の人には無理している人と躁鬱の波のある人が
意外に多い
若いlころ楽しませていただいたものとして
ご冥福をお祈りしたい
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# by italofran55 | 2013-04-30 15:42 | 医学