診察室の窓から


by italofran55
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2010年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

ドレスデンの王族

ドレスデンは旧東ドイツ 第2の都市である。
何年か前に西ドイツに併合された。
このところ世界遺産を放映するテレビで何度か放映されている

おそらく、統一ドイツが、経済的に遅れた東側の代表的な都市を復興させる目的もあるし
西側の資本も入っているのだろう。
いろいろな見所の多い都市である。

ベルリンから車で入ると、夏と狩りの離宮、サン・モーリッツ城
陶磁器で有名なマイセン アルブレヒト城
ツビンガー宮殿、財宝を集めた緑の間などの宝物殿
爆撃で破壊されその後破砕された石をくみあわせてできた
聖マリア教会

有名な王様はアウグスト2世である
マイセンにて白陶磁器を完成させ
陶磁器だけでできた城を造り
強欲であり、ポーランドの王も貴族を買収して戴冠した

そしてびっくりすることに、354人もの子供をつくったという
強精のひとでもある。
ほとんど認知しなかったというが? 

その子供たちが子孫を作り続けていれば
ドレスデンの市民はほとんど王の血を受け継いでいるのでは(笑)

肖像画を見ると目はあくまで大きく、立派な体格をしている
蹄鉄を手でねじ曲げるくらい力があったそうで 強王とのなまえもあるという

その生涯を通じた活動は、そう的であるともいえるし
てんかん性ー闘志的ともいえる

強欲であり、現世的であり、沢山の女性がすきで、利益を追求したということからは
循環性格ー躁鬱的な性向が強かったと思われる

フランスの歴史を読んでいると
モーリス・ド・ザクセンというフランスの歴史上
6人しかいなかった大元帥の一人がいて
この人が強王の一番目の子供ー庶子という

フランスに誘われて軍歴をあげているうちに
こうなったという、フランスも恐ろしく開かれているということか

この人の孫娘にジョルジョ・サンドがいる
強王の血を引いているのだ

またルイ16世も肖像を見ると眼や体格がそっくりである
母が強王の孫らしい

ヨーロッパの王族はinternationalに混じり合っているのだ

大きな、力強い目玉は優性遺伝だろうか?
日本の皇室はずっと眼が細い
さしもの雅子様でも愛子様のめはお父さん似だ

いつかとても強力なドングリ目玉の血がはいったら
アウグスト2世の子孫のように
目の大きな血統となるのだろうか

c0156217_60015.jpg

[PR]
by italofran55 | 2010-08-19 20:08 | 旅行

N博士の思い出

N博士はvividな意味で司法精神医学の面では
日本有数の働きをしている先生だ

そちらに疎い、というより避けている
わたしでも、たまに先生の意見や論文や
講義録を目にすることがある。

N博士は、もう十数年前私のクリニックで
外来のバイトをしていたことがあるのだ。

先生はまだ若く、たしか、マツダのロードスターをマニュアルかなんかで
乗り回していたか、
しかし、その頃から人並み外れた硬骨の人であった気がする

たしか、父上か叔父さんかが特攻隊で亡くなったといっていた。

それからほどなく、警察関係の研究所にいかれた
現場の司法精神医学的問題や、事件解決に当たっての捜査の心理的側面からの医学的な支援なども行っていたのではなかろうか

というのも、現場の日本警察の閉鎖性やプロファイリング的な意味での遅れを嘆く
一文をどこかで読んだ覚えがあるのだ

さいきん、日本の精神科医の同業者の組織で行った講義録を読む機会があった

なるほどこんなことやっているのねというほど
総合的で最先端な研究をなされているのでびっくりした

現在犯罪を犯す傾向がある性格を
アメリカでは反社会的性格障害とよんでいる
実際に犯罪者の何割かはこのタイプらしいのであるが

この診断が見直されて
サイコパシー型というものになるだろうとのことである

少し簡単に索引させていただくと

このタイプは自己中心的で、特権があり優遇されるべきとの思いが強く
自己の利益を満たしてくれる目標に意欲を持ち
他人を支配したがり、他人に損害を被らせたり支配したがり
他人を操り、利用し、騙し、詐欺にかける傾向がある

ということである
そして、このなかには社会的に成功していくタイプがあり
間接攻撃が得意で
実業界、学会、政界には結構いるとのべておられ、実際、政界の現状なども
そうみられるといい、そうした人はサクセスフルーサイコパシー型というらしい

成功している社会人には結構あるというのだ

8月は終戦の番組をよくやっており、太平洋戦争での軍部による
悲惨な話が多く、目を覆いたくなるのだが 
日本軍は負け始めると、棄民に加え、棄軍ということさえなしていたという
しかも上層部は安全なところで政争にあけくれていた

日露戦争の奉天会戦にてマッカサー元帥の父がやはり武官として
観戦しており、そのときに日本の将軍の尊大な態度にびっくりしている
その伝統であろうか

よく考えてみると軍部の偉い人にはこのタイプが実に多かったのであろうと思われるが
成功型サイコパシーはそんなにたくさんいるものでもないはずだが

ナチスドイツの話などを聞くにつけ
非常時には人は変質してしまうのであろうか
または教育-宣伝の問題が多いのであろうかとも思われる。

N博士のこの講義は精神病理学、神経心理学、脳の画像診断学、統計学、神経薬理学を駆使した見事なものであった。

博士の根底には、特攻で死ななければならなかった肉親への思いがあるのではと思われる
そして、博士にも真の意味での憂国の情があるのだろう
このままで日本はいいのかという思いもあるのだろう
そうでなければ、このような苦労な仕事に手を出すまい
たいへんな愛国者である

付け加えれば、博士はそうとうチャーミングな美女であった。
c0156217_0213932.jpg

[PR]
by italofran55 | 2010-08-13 22:35 | 医学

歴史は辺境から興る

イギリスの歴史家 トインビーでしたっけ
有名な言葉らしいです

ヨーロッパの歴史は比較的好きなので
いろいろ読むたびにこの言葉の意味がかみしめられます

はじめは、ヨーロッパに対しての辺境という意味で
元王朝の世界的膨張に対してのヨーロッパの危機といったことかと思っていましたが

歴史は常に中央に対する辺境の勃興で
ダイナミックに動いているようです。

日本でも飛鳥王朝は奈良盆地の山辺です
もっとたどると談山神社 長谷寺のほうの山奥 に根拠地があったかもしれない

徳川家は三河の松平郷という山奥

信州で言えば真田家の真田の庄は菅平に近い小さな郷です
結構 似た地形なのではないかな

山奥の貧しい剽悍な兵が豊かな平野の農民兵よりは
常に強いのでしょう
もちろん、盆地、平野に進出してからの戦略がそれから伸びる
大名、王朝の行方を左右するでしょう


ヨーロッパでいけば
ハプスブルク家はもとはスイスに近いオーストリアの山城
鷹巣城の小さな領主でした。

ブランデンブルク辺境伯からプロイセン王、北ドイツ連邦の王、ドイツ帝国の皇帝となり遂げた
ホーエンツォレルン家
もとは、南西ドイツ シュツットガルトに近いところの領主でしたが

バイエルンのビテルスバッハ家から代官として
スラブ人が住み、当時はドイツに入っていなかった
ブランデンブルクという田舎に代官として派遣されました
ですから辺境伯などという名誉か、田舎もんかわからない
名前を与えられていたのです。
ブランデンブルクからベルリンを造りました。
栄光のブランデンブルクを忘れるなという意味で
有名な門を造ったのです。

ホーエンツォレルン家は最後にはドイツ帝国を形成するときに
本家のバイエルン王国を呑み込んでしまいます。

オーストリアも元はといえば未開の地であったようです
バイエルン人が東の領土としてオーストリア開拓に乗り出していました
そこに、バイエルン王家から代官として開拓地に派遣されたのが
ハプスブルク家です、艱難辛苦とあとは婚姻戦略で世界帝国を築いてしまいました。
ミュンヘンからザルツブルクにドライブしたことありますが
まさに、一帯のヨーロッパでも有数の美しいところでした
老後に棲むなら、プロバンスかここかな

プロイセンとオーストリアが喧嘩したとき当然
バイエルンはオーストリアと組みましたが負けました。
プロイセンがドイツの北東の小さな国から成り上がったのを
明治の元勲たちはまねしようとしたのは余りにも有名な話です。

プロイセンもオーストリアももとはバイエルンの代官からと言うのは
おもしろいではありませんか

もっとつきつめていくと
現在のバイエルンはもともとはケルト人の住むところで
ローマ人が征服し
そのあと、ボヘミアあたりにいたゲルマン民族の支族である
バイエルン族がそこから現在のバイエルンにでてきたそうで
バイエルンとボヘミアは同じ語源だそうです。

バイエルンの歴史一つをとってみても
中央と辺境が逆転しながら歴史は進んでいるようです

古代エジプトにとってトルコやギリシャの小さな島々

ギリシャにとって植民市を造っていたイタリア半島のローマという元気のいい村落共同体

ローマにとってゴール人という未開人の住む今のフランス

フランス王家にとっての、ケルト人の住むブリテン島

イギリスにとっての清教徒を追い出した未開のアメリカ大陸

みんな辺境でした

そうした意味で辺境のエネルギーは凄まじいのでしょう
日本も辺境であるという意識のうちは発展しましたが
これからしばらくは豊かであったという幻想に
苦しめられるのでしょうか

辺境の持つエネルギーは残念ながら
私にはありません
そのため 仕事は小さなままです(笑)
[PR]
by italofran55 | 2010-08-05 22:20 | 歴史

ベルリン 戦争の傷跡

西ドイツは何回かいったことがあり
ライン、ドナウ の流域の柔らかな緑、優美な宮殿、豊かな地方都市に魅入られていたので

ベルリンにも期待していた、おそらく妖しい魅力と、ポツダム広場に建つ、ソニー・ヨーロッパにみられるような
超近代的なものが混在している町と思ったが
期待はずれであった

ブランデンブルク門は、テレビに映っているよりは質素であり
国会議事堂や博物館島を中心とした昔の石造りの地域を除けば
第二次世界大戦時のベルリン攻撃のためか、町はほとんどが新しいビルである
そしてその石造りの建物も機関銃の後が生々しく
また、爆撃や火事のためか黒いすすがついたままであった

愚かな戦争の傷跡が残ってあり、またわざと記憶のために
残してあるのだと感じられた
c0156217_223822.jpg

[PR]
by italofran55 | 2010-08-01 12:17 | 歴史