診察室の窓から


by italofran55
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ランチおやじが一人

京都 大原 三千院 ランチオヤジが一人
ではない

朝はカフェオレとパンを少しかじるだけなので
激しい精神労働のあとは
当然 三茶でランチを探すのです

冬だからね
中華とか食べたいね

この前ある有名な手打ち麺に入ると
その窓の前しか席があいてなくて
食べていたら

東京ガスの救急隊が駆け込んできましたね
店主とか中国のコック曰く
ガス臭い ガス臭あるよ ・・・とのこと

隊長はこれ根本から壊れているんだよね
修理じゃどうしようもない
もう何回も呼ばないでくださいよ
部品交換してくださいとのこと

店主はもう、お客は入れるな
ここまでだと

わたしはどうなる?
かろうじてガス爆発は起きずに
クリニックに帰りましたが
完食しました

これに懲りて
三茶では有名な
銀座アスターで昼食

内装も料理も豪華で納得
ところで、周りを見渡すと
男性はわたし一人で

のこりは妙齢のご婦人ばかりであった

勤めの男性は
ここにはこないのか?
これでいいのか

ランチ親父は一人考え込むのであった
さて来週は
どこでランチしようか
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by italofran55 | 2010-01-29 01:46 | 社会ねた

今年は行きたいな

去年は、日本で出なくてはならない学会が5月に神戸で計画され
新型インフルエンザ騒動で8月に延期となり
ヨーロッパには行けなかった
私は結局 その神戸でウィルス性の風邪にかかったのだが

今年は行きたいな
どこにしようかと計画する時点が
楽しい、機中はどちらにせよ地獄である

初夏のヨーロッパは天国
帰国して時差ぼけの
診察は地獄
地獄と天国を行ったり来たりするのだ
実際はこの繰り返しは歳だから、きついですね

オーストリアからはいってザルツブルグやチロルから中欧

ベルリンからドレスデン プラハを列車などでは
とも考えている

母は医師は長期の休みなどとんでもないと
いう頑固者だが

旅行が唯一の楽しみという
開業医も多い

一番すごい人は
行く前にその国の言語を習っていくのが
礼儀という大学の先輩もいる
ハンガリー語 とか モンゴル語とかきいた

私はフランス語は10年以上
いじっているが、かろうじてむこうでくらせる程度かなー

フランスはほとんどもまわったが
limoge perigor などに
再訪したい

2回目は deja vue を楽しめて
また違った趣があるものだ
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by italofran55 | 2010-01-25 18:21 | 旅行


君看よや 双眼の色
語らざれば 憂い無きに似たり

良寛さんの書だそうです

前後がわからないので
自分なりに意味を考えてみる

不満や不安を言葉に出して人とはなさないことだ
そうすれば、悲哀は無いようなものだ
眼を見てもわからないでしょう?

逆に考えると
話さなければわからない
いつまでも憂いは残る 余計に苦しいかもしれない
眼を見ればわかるよね 苦しみが出ている

どちらでしょうか

自分のことを、語らないー語れない時代がかってありました
そのときはいわゆる身体化した症状が多かったでしょう
そのころはお寺に行ってひたすら
念仏を唱えたのでしょうか

フロイドがヒステリーを治療したころは
人が身体症状を医療として語り始めたころでしょうか
子供もそうですよねー言語化できないから身体に表れる


現代、特に私の科では
話すことが原点ですが

語れるー語る 主張できる時代になり
身体症状が多かった精神科も
しだいに精神症状が多くなり

極端に語れる現代において
アメリカなどから
むしろ自己が解体する症状ー自己同一性障害、解離性障害 多重性人格障害などのみられる時代になりました

自己が言語表現を過剰に許されるようになると
かえって自分を見失ってしまうともいえましょうか

不満や攻撃だけを繰り返し(特に人間関係)
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主題としていると
病気にもよりますが
その人はそのままでは、おおきな改善や成長は見込めません

ただ話さなければ、それ以降の
治療方針や見込みはわかりませんが

あることを語らないようにしていくことで
その後の改善につなげる方法もあると思うんですよ

そこに東洋の知恵があるとも思います
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by italofran55 | 2010-01-19 08:13 | 医学

川喜田半泥子展をみる

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銀座松屋にて上記の展覧会をみる
お茶関連と思われる女性も多かった
おたくと思われる男性もーわたしもそうみえるのかな?(苦笑)

作品は200点くらいあるか、いろいろな技法、各地の窯の技法で焼いており
多彩で楽しかったが情報量が多く一回ではこなせない印象

財界人にして数寄者、いつこのようなものを作る時間があったのだろうか
東の魯山人、西の半泥子といわれるらしいが
こちらのほうがあくがなくて好きかな
作品はすべて贈呈していたようであり
生涯2~3万点ほど作っているらしい

何代も続く豪商の16代目、漢文学者の血を引く祖母に育てられる
母が早めに離縁され、実際の母を知らないところは魯山人と似ているが
実際は傑物の祖母に育てられる
家族の愛情を知らなかった魯山人はかたくなで強情で
周囲との軋轢を繰り返したといわれる
川喜田の育ち方は、あまりない華麗なともいえる恵まれようである

30歳の時に育ての親ともいわれる祖母が死去し
邸宅の山に自分で設計した御堂を祖母のために建てている

幼いころは病弱のため内観法も詳しく研究している、禅やお茶にも大家についている
藤島武二に現代絵画をならう

ある面、美芸の申し子のような人である 先祖代々の茶道具などにかこまれて

しかしして、穏やかな家長、家庭人
50代になり津市郊外の千歳山に窯を構える

医師としてはこのような
頑強にして聡明な人の晩年がどうだったのか知りたくなる

80歳にして狭心症で倒れる
この前後より
動脈硬化が急激に進んだと思われる
寒いところで、轆轤を蹴っていたことも
原因の一つかもしれない
84歳死去となる

80歳以降は体の痛みを訴え
歩くことも徐々にできなくなったようである

自分の大の字になって寝ている姿を
絵で書いてある
俳句のようなものも添えてあり
快活さは失われていない
それは晩年にとって最高の指標に思える

戦前の人、戦争時代を生きぬいた人としては
長命な比較的健やかな死に際と思われる


うらやましい、まねのできない人生である
天人五衰ともいえる
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by italofran55 | 2010-01-11 09:42 | 芸術、美術