診察室の窓から


by italofran55
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カテゴリ:医学( 90 )

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三茶の若い友人から教わった アルコバレーノ
小さなイタリアン
中からみるとナポリの下町みたいです
ボンゴレも大きなアサリがたっぷりでした
ランチおやじは満足したな
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by italofran55 | 2010-04-03 16:18 | 医学
不思議に思われるかもしれませんね
うつ病なのにてんかんの薬を投与された

でも硬く考えることはありませんよ
抗うつ作用をもつくすりは
抗うつ薬だけではないんです

安定剤、睡眠薬、はては向精神病薬まで
抗うつ作用があります

うつ病の平均的でもっとも推奨される薬の選び方ーアルゴリズムとコンピューター用語でいいますが

抗うつ薬でいきずまったときには
ある種のてんかんの薬を使うことが推奨されています

次回につづく
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by italofran55 | 2010-03-02 09:52 | 医学

バスミルクは似合わない

診察場面ではいろいろな臭いがしますね
心身の機能低下ではありえます
感染、老化、免疫低下、ストレスー精神科疾患、癌、代謝疾患、皮膚疾患、不潔
などがあります

精神科の疾患では珍しいですが
臭いがしないのに自分の臭いが気になったり
漏れているという自己臭恐怖、自我漏洩症候群といった
逆のものもあります。

わたしは犬派の人間だからか鼻がきくのかなー
最近としをとってほっぺたが落ちてきて
むかし 漫画にあったケンケンという犬に
似ているといわれたのが妙に納得できます

人の体臭には
呼気ー胃腸、肺、気管支、鼻腔、口内からくるもの
体の表面ー皮脂腺、毛髪からくるものなどがあるようです

最近は電気の消臭機の性能がいいので
診察室においていますと
余り臭いはしなくなりましたが

それでもすごい人がいて
次の患者さんの礼儀かなと思い

消臭のスプレーをすることがあります
あるときこれはどこで買うのかと行かれたので

生活の木なんかで薔薇のものが売ってますよ
ついでに、バスミルクもいいなー

といったら
笑われました
ケンケンがバスミルクですか 
われながら似合いませんなー(笑)

ついでにいうと
液体のバスミルクは
体に悪いかもしれません

化学物質で水と反応して
ミルク状に見えるだけでしょうね



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by italofran55 | 2010-02-18 23:02 | 医学

自己同一性ついて

自己同一性ー自我同一性
格好いい言葉ですね

何を意味するんでしょうか
私は以前の私と同一の人間である

何か意味があるのでしょうか?
心理学や精神医学では自明の言葉ですが

私はこれは訳が拙劣であると思うんです
意味がわかりません

大澤真幸という社会学者がまさに
そのことを指摘しており
目が覚めました

同一性ーidentityですね
identifyからきています

どんな意味があるんでしょうか
①どこに属するものか確認する

②同一かどうか確認する
が主です

この人はどこの国民か
どこの会社か
どこの大学か職業か?
大事なことですね
ゲゼルシャフト的ー職能集団的属性といいます
どこかに人は属しています

もう一つ大事なことがあります
ゲマインシャフト的ー感情集団的属性
これが常に人の構成要素として
立ち現れます

好きなものは?
信じるものは?
愛するものは?
なにかの価値ー感情を人は他人と共有しています

人が自分を確認する
人から自分を確認されるとき
対象から常に確認されます
それも
内的対象
外的対象と
両方あるんです

対象なしに人は自分を確認できません

同一性という言葉には
実際
多様な背景の意味が隠されています
ですから
誤解されやすい
同一性は確認性と読み替えた方がいいと思うのです

次回続くc0156217_23102545.jpg
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by italofran55 | 2010-02-04 22:57 | 医学


君看よや 双眼の色
語らざれば 憂い無きに似たり

良寛さんの書だそうです

前後がわからないので
自分なりに意味を考えてみる

不満や不安を言葉に出して人とはなさないことだ
そうすれば、悲哀は無いようなものだ
眼を見てもわからないでしょう?

逆に考えると
話さなければわからない
いつまでも憂いは残る 余計に苦しいかもしれない
眼を見ればわかるよね 苦しみが出ている

どちらでしょうか

自分のことを、語らないー語れない時代がかってありました
そのときはいわゆる身体化した症状が多かったでしょう
そのころはお寺に行ってひたすら
念仏を唱えたのでしょうか

フロイドがヒステリーを治療したころは
人が身体症状を医療として語り始めたころでしょうか
子供もそうですよねー言語化できないから身体に表れる


現代、特に私の科では
話すことが原点ですが

語れるー語る 主張できる時代になり
身体症状が多かった精神科も
しだいに精神症状が多くなり

極端に語れる現代において
アメリカなどから
むしろ自己が解体する症状ー自己同一性障害、解離性障害 多重性人格障害などのみられる時代になりました

自己が言語表現を過剰に許されるようになると
かえって自分を見失ってしまうともいえましょうか

不満や攻撃だけを繰り返し(特に人間関係)
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主題としていると
病気にもよりますが
その人はそのままでは、おおきな改善や成長は見込めません

ただ話さなければ、それ以降の
治療方針や見込みはわかりませんが

あることを語らないようにしていくことで
その後の改善につなげる方法もあると思うんですよ

そこに東洋の知恵があるとも思います
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by italofran55 | 2010-01-19 08:13 | 医学
精神科医の役割
それは第一歩としては、もちろん診断と治療である

治療の中には、疾病のcure,care,manegement,research,observation,そして
finishの話し合いもある

ところが、もうひとつ、不思議で普遍的な役割があるらしい

それが、患者さんのモニター役というのがあるらしいのだ

ちょうど、人の顔の部分がテレビになっており
そこには、患者さんの顔が医師の回路を経て
自分の顔として映し出され

患者さん=人は、モニターで自分の顔を確かめているのである

だから人は、相手と話しているようで
自分と話している

人は、話相手の顔
それは現実に面前にいる場合もあるし

貴重な読書の合間に
著者の顔があらわれることもある

そんな中で私たちは

私とあなた、me and you、我と汝の対話を

実は
延々と繰り返しているのである

もちろん、閉鎖された回路になるとやっかいですが

私のあなたと、私の知らないあなたとには
ずれがある

対話とはこのずれを楽しむものだ

認知療法もあらゆる精神療法も
ふたつのあなたとのずれに苦しむ精神を

なにかを味わう精神にしようじゃないかという
試みなのではないかな

自分も相手も対話を楽しめるような
境地になりたいが

実は人間なかなか
そうできるものではありません


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by italofran55 | 2009-12-12 20:59 | 医学
自己の意識が連続しているかについては
いろいろな意見があるようで

連続していないという人は
各機能が束になっており、それぞれは独立している
たとえば、計算とか、感情とか、衝動とか、身体感覚とかですが
それぞれは独立したものであり

私たちはその束になったものを自己の意識として
幻影としてとらえているのではないかという主張です

ある無意味な点の集まりが遠くから見ると
何かの絵に見えるとか
右と左のある点で電気を交互に灯す実験をすると
あたかもその2点間を走っているようにみえるとか
という心理学の実験がありますが

全体をみるとある違う意味が賦与されてくるということが
物質にはあるかもしれません

美とか茂木健一郎という脳科学者が言っているクオリアも
そんなものでしょうか

人はある意味では簡単にばらばらになります
脳器質障害、脳の外傷などでは
せん妄状態や健忘ー記憶障害などになり
解体したようにみえますし、実際の時点では解体して不可逆のことがある

精神科の疾患でも
解離性障害のなかで
多重人格障害では非連続と思われる人格が出てきたり
記憶の非連続によってあたかも非連続な行動が見られます
解体という点では統合失調症もいろいろな疾患と鑑別しなければならない
重要な病気ですし
子供も意外に解体しやすいんですー発熱などでもなりますね

人間は不安や恐怖に追い込まれると
意識の束で連続していると思われたものが
ばらばらになってしまうのです

それはちいさな原始的な有機物でもみられるようです
危機にさらされるとばらばらとなり
無目的な動きを見せるそうです

人は普段は安全や安心を当然のものとして
生活しています
危機に遭遇して解体しないように生きていくのは
とても大変です

解体したり非連続になりやすい人は
ある意味で大変な状況で生きているのかもしれません
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by italofran55 | 2009-11-23 11:31 | 医学

抗うつ薬が効かないとき

抗うつ薬が効かないとき
どう考えたらいいのだろう

反応しないタイプの人であるーnon responderー代謝の予測も含めて、判断は難しい

難治性ー治療抵抗性であるーこれも軽々に判断できないとある

薬の量が少ないー当然増やす方向を要請される

診断が違うー腕が悪いか(わたしかな)、当然後の症状の展開が違うことはありうる

まずこのくらいは思いつく

治療者側のエラーとしては

診断の違いをあげられていることが多い

①躁うつ病ー双極性障害であったーうつ期の抗うつ薬の使用については画然とするものがない

②精神病状態からくるうつ状態であったー向精神薬が必要なことはある

③性格傾向や環境による要因を考慮に入れていなかったーカウンセリング的接近が必要

④二次性の抑うつであったーcomorbidityの問題もあり
 たとえば、不安性障害、パーソナリティ障害、摂食障害など
⑤身体疾患がもとにあるうつ状態であった
 認知症、脳梗塞、甲状腺機能障害
⑥実は患者さんが言われるとおりに薬を服用していなかった

などがあげられている

治療者側の次の手段としては
抗うつ薬を次第に極量までふやす

それでも効かなければ
違う抗うつ薬にかえる

診断を再考慮して
抗うつ薬一本やりを変更する

むしろ抜いてみる
気分安定薬中心で様子を見る
などが初期としてはよくとられると思う

私の場合は極量投与はなるべくしないようにしている

agitationやactivation syndromeの可能性が高くなる
余計に病像が不安定化し
場合によっては背景に隠されていた
パーソナリティ障害が賦活される可能性がある
などの理由である

杏林大学保健学部の田島治教授によれば

安易な抗うつ薬の投与が
薬物療法関連境界侵犯とも言うべき状態を
治療者側、患者側ともにひきおこし
disease mongering-病気を売る、病気を作ってしまう状態を引き起こしかねない

SSRIそのものの中枢刺激症状により
治療抵抗性の増加に関与したり
結果として性格変化の惹起を起こすとも述べている

うつの診断が確定して治療抵抗性となったときは
短期入院も考慮する
ECT-電気ショック療法もエビデンス的には薦めている

いろいろな外来の精神症状を示す疾患において
とりあえず、うつでしょうというのは
医師にとっても、患者さんにとっても
実は都合のよいことが多い

うつはいまや世界で普通に認められる病気だから

antistigmaという言葉がある
偏見を持たれるような病名をnormalizeするという意味もあると思われる

そういう意味で便利だし
症状の変化を待つ意味でも、時間を稼げるかもしれない

抗うつ薬に否定的な意見も書いたが
じつは生活改善薬として
少量を持続させることは
人生において良い意味もある

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by italofran55 | 2009-10-24 13:41 | 医学
夢を見た
もともと持っていた車を手放して新しい車を買ったのだが
やはり、忘れられずもとの車を買い戻そうとしたら
新車もついてきて、2台分の請求をされた
あせっていたら
目が覚めた

実際に買い戻そうとしているのだが
どこか後ろめたい気持ちがあり

寝る前に政府の概算要求があれもこれもで
過去最大に膨れ上がったことを
テレビで見て憤慨していた

その感情のまま寝たので
最近考えている車の話と合体したのだろう

このところ見なくなった夢もある

わたしは地方の中心の高台にある城下町で育ったので
石垣や崖めいたところがおおく
眼下に森や、遠くに河が見渡せるところだった

ちいさな動物園と遊園地をかねたところが
やはり崖の上にあり
子供ながらそこはお気に入りの場所だった

そこでは郡市の小学生の絵画大会があり
なぜか私はいつも3位以内に入っていた

現在、絵はへたくそであるー母が描いていたのか(笑)

夢はジェットコースターで遊園地から
森の上に飛び出してしまう夢である

どこなのだろう
そんなにステキな遊園地はそうはない
ヨーロッパ、北海道、あるいはどこかのvisualで見たものを
意識の上でわたしが故郷の遊園地だと合成したのではあるまいか

ーその遊園地は
昔からジェットコースターのあるような大きなものではない

飛翔と落下と恐怖の底には性的快感欲求が隠れている

わたしはジェットコースターが苦手で
昔 後楽園にあったコースターに一人で乗せられて
てっぺんでぐったりしてしまったことがあるそうである

おそらく夢はそんなエピソードが合体しているのだろう
このゆめをみなくなったが
逆に寝入りばなにふと思い出すのである
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京都大学の精神科心理学教授の新宮一成氏によれば
何回も見る夢はある治癒作用があるのではと述べている

主語ー述語の現実のepisodicな世界から
主語をなくした、または世界全体が自分であるようなsemanticな世界を繰り返し体験することにより

ひとは傷や悔恨、喪失を現実世界とは違った意味で受け入れていくというのである

この教授の著作は難しすぎてついには私には
わからなくなる類のものであるが 
みてからに天才の匂いがする人であるーできる人はえてしてこんな優しげな相貌をしている

わたし的には
ゆめはある感情状態で睡眠をとっていると、不安、恐怖、願望、
それに関連したエピソードを
大脳皮質のcontrollがきかなくなったところで
感情ー記憶に関連した脳ー扁頭ー海馬系が
信号の強いところから
勝手に構成しているのではないかと思われる

もちろん夢機能全体の中の
ひとつには過ぎないが

それがまた昇華や実現につながっているかも知れない
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by italofran55 | 2009-10-16 10:35 | 医学

共同体幻想と抗うつ薬

極端なことを言ってしまうと
われわれは幻想で生きている、あるいは想像のもとに

人間関係でいくと、私たちは本当に親しい人の数は150人を超えないといわれている(平安貴族のcelbreで
activeな階層もこの人数だそうである)

それ以上は関係は薄まるだけでは
同級生の中でも口もきいたことない人多いでしょう?

私たちは現実の原野を歩いているうちに地図を描き出し
地図から学び原野を歩く

行ったこともないところの地図から
世界や宇宙を想像して生きる

外延し包括行動する動物なのである

同じように
大きな集団の人間関係も
現実の人間関係から
想像される人間関係へと行きつ戻りつしている
ある想像を基本に出来上がっているだろう

われわれが生きているー幻想している
感情共同体、職業共同体も
そうして地図のように
expandingし、また人は新たな共同体の構成規範を守るようにして
想像的(危険を避け、安心しできる行動を選ぶ)ー平均的ー律動的に生きる

医学的にいえば
平均ーあるいは正規分布の中にはいっているということが
健康という概念の中では重要である

血液検査の正常値はやはり
ある値の中に入っていることを要求される

精神疾患においては、まだこういったことは
心理テストや画像診断以外では一般的ではないが
それも正常範囲が画然と示されることはない

性格傾向 行動パターンなどは
ある枠の中に入っているー平均的であることが
やはり健全の指標になるのだろう
パーソナリティ障害などの要素も
ある平均的なものからのはずれ方で出来上がっている

健全とは結構地味なことなのだ

ここで共同体ー構成員の平均概念 ができあがっていくと同時に

そこからの外れ方によって
精神疾患も出現してきているのではないかということが想像されるし
よくいわれていることだ

現代においてはglobalisimのもとに
それに侵された社会はとくに

うつ病らしきものーdepressive moodは加速度的に増大し
共同体からの逸脱性を切り捨てるのではなく
治療ということで回復させようとするーこれが近代社会だ

大きな共同体的治療構造の要請の元に
科学および資本から抗うつ薬が生み出され

診断基準、技術、診断者、communicationーdeviceの発達とともに
うつ病らしきものも爆発的に増加し

うつ病に対しては抗うつ薬を投与という
かなりおそるべきpatternarism-ワンパターンが出現してきている

それは大量生産、大量消費の裏返しのようにもみえる
そこからは落ちこぼれる患者もかなり出現するー当たり前かもしれない
共同体からのおちこぼれを共同体の論理で治療しようとするからである

うつ病ーうつ状態ー適応障害は
じつは、共同体からの放逐の恐れから生まれているとも読める

共同体からの放逐が決定的となると
群れから追放された猿と同じで
周辺をうろついてメス猿を瞬間的に寝取るといったアウトロー(逆切れかつ共同体への切望)として生きるかー自己愛毀損型
孤立して死んでしまうかということになるーメランコリー型

地政学的にも外延的ー包括的要素の少ない
実は精神的近代化のなされにくい日本社会において

共同体からはずれてしまったオスが自殺を選んでしまいやすいのは
日本の共同体がもともと
あのおおらかな万葉の時代にも
大伴家持の歌-海行かばなど、にあるように
感きわまると死んでもかまわないといった傾向がほのみえたりする

村社会的な閉じた性向を持ちやすく
またある時期から総動員体制社会になり
生産に傾斜した共同体のみが特化し
複数の共同性に人が存在することの余裕がなくなっているためではないかと思われる
そもそも日本には西欧的な意味での市民社会が現代においてもないといっているヨーロッパの学者もいた
(ものすごい勢いで自殺が増えているー10年間で県庁所在地 一個が消えているのだ)


そうしたものに共同体的論理で推し進めていって
ときに、破綻してしまうのが

抗うつ薬のみ
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による治療の破綻であり
それは共同体の事情から必然とも言えるだろう

うつ気分はある意味では人類ー共同体の宿命である

変態するインフルエンザに対する人の挑戦と同じように
これからも形を変え
共同体からの逸脱傾向が観察されるだろう
それはある種の感染症のように完全に駆逐されたということにはならないだろう

わたしも大量生産的治療に陥らないように自戒したいのだが
できるだろうか  心配だ
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by italofran55 | 2009-10-02 23:03 | 医学