診察室の窓から


by italofran55
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カテゴリ:芸術、美術( 1 )

川喜田半泥子展をみる

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銀座松屋にて上記の展覧会をみる
お茶関連と思われる女性も多かった
おたくと思われる男性もーわたしもそうみえるのかな?(苦笑)

作品は200点くらいあるか、いろいろな技法、各地の窯の技法で焼いており
多彩で楽しかったが情報量が多く一回ではこなせない印象

財界人にして数寄者、いつこのようなものを作る時間があったのだろうか
東の魯山人、西の半泥子といわれるらしいが
こちらのほうがあくがなくて好きかな
作品はすべて贈呈していたようであり
生涯2~3万点ほど作っているらしい

何代も続く豪商の16代目、漢文学者の血を引く祖母に育てられる
母が早めに離縁され、実際の母を知らないところは魯山人と似ているが
実際は傑物の祖母に育てられる
家族の愛情を知らなかった魯山人はかたくなで強情で
周囲との軋轢を繰り返したといわれる
川喜田の育ち方は、あまりない華麗なともいえる恵まれようである

30歳の時に育ての親ともいわれる祖母が死去し
邸宅の山に自分で設計した御堂を祖母のために建てている

幼いころは病弱のため内観法も詳しく研究している、禅やお茶にも大家についている
藤島武二に現代絵画をならう

ある面、美芸の申し子のような人である 先祖代々の茶道具などにかこまれて

しかしして、穏やかな家長、家庭人
50代になり津市郊外の千歳山に窯を構える

医師としてはこのような
頑強にして聡明な人の晩年がどうだったのか知りたくなる

80歳にして狭心症で倒れる
この前後より
動脈硬化が急激に進んだと思われる
寒いところで、轆轤を蹴っていたことも
原因の一つかもしれない
84歳死去となる

80歳以降は体の痛みを訴え
歩くことも徐々にできなくなったようである

自分の大の字になって寝ている姿を
絵で書いてある
俳句のようなものも添えてあり
快活さは失われていない
それは晩年にとって最高の指標に思える

戦前の人、戦争時代を生きぬいた人としては
長命な比較的健やかな死に際と思われる


うらやましい、まねのできない人生である
天人五衰ともいえる
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by italofran55 | 2010-01-11 09:42 | 芸術、美術