診察室の窓から


by italofran55
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素人歴史探偵 出雲編 その4

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大国主命はどんな人物だったのだろう 
出雲大社の前にある酒造店に大国主命の名乗った名前を張り出してあったが20個くらいあるのだ
古代ではよくあることだがなぜこんなに多いのだろう

これは大国主命がいくつかの人物のエピソードからなりたっている人格だからではないだろうか
大国主命という古事記におそらくはじめて出現したものも地位の名称ともみてよい
大王とか天皇とか
富永仲基という江戸期の哲学者が日本の宗教の傾向として加上という概念を述べている
後世の人がある宗教的対象に対して事実を次第に付け加えていき複雑怪奇なものにしてしまうことだが
それが起きているのではないか

大国主命には八十神という一族の神がいてしょっちゅう争乱を起こし
彼は何度も死んで黄泉の国に行き あるときは母が高天原に行き救済を頼み生き返っている
当然だがかなり大量の婚姻をなし180人の子供がいたという
これは現実にあるかな?ドレスデンのザクセン王国のアウグスト強王は350人の子供がいたというが

これも複数の人物の合成と考えてもいいだろう

彼自身は高天原の素戔嗚尊・スサノオの娘をもらっているともあるし
実の息子とも2代~6代あとの子孫ともいう 出雲の高位の王族が混じっているのか

天上にあった高天原政権との距離は近くなっている

八十神といえば思い起こされるのは天の岩戸の事件の時の
八百万神であるーこのことについてはあとで述べよう

大国主命は国引きの神話によるように 新羅 隠岐 北陸のの越ー高志より土地を引っ張ってきて
出雲の国を作ったとある
逆にみてみよう そこまでが勢力範囲だったと 梅澤猛説では新羅からきた王朝とあったかな
美保神社の町にある青垣通りにいくと金沢藩が漁を監視に来ていたという家の後があった
古来より交通の盛んなところだったのだろう
諏訪神社の祖先たちもきっと越ー高志を通って落ちていった

国引きの神話と同時に因幡の白ウサギの話も苦闘して国を広げた話として
読むことができる
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by italofran55 | 2013-05-06 10:59 | 歴史