診察室の窓から


by italofran55
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佐藤浩市さんの表情

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佐藤浩一さんとは実際にあったことがある たいしたことにおもわれそうだが
近所のゴルフ練習場であり たんに挨拶をくれただけだ
礼儀正しい若者という感じだった

女性と呑んだりすると佐藤浩市がすきという意見が多かったなー
単に格好のいい俳優だと思っていたが
三国連太郎の死を契機に印象が変わった。

三国さんの人生そのものが劇である
本当とすれば戦前の時代によくあった話とも思うし
きわめて日本人的でない物語とも思える

彼自身が私生児であり被差別部落出身の養父に育てられたとも言う
14歳の時に出奔し戦争忌避をするが母に隠れていたところを憲兵隊に売られ
満州に兵隊として取られる 1300人中生き残ったのは30人くらいらしい
戦後の混乱期になにをしていたかわからないくらいの激動の後に
銀座で俳優としてスカウトされる 当時180cmの美丈夫 顔はイタリア人が裸足で逃げ出すほどいい男だ
その後数回結婚し佐藤浩市は中学生の時に母子とも捨てられている
ただし女性と別れるときは財産を全部与えて無一文で逃げ出しているという

佐藤浩市は一番父が必要なときに捨てられている
三国氏も何回もそういう目にあっているそうだし
国家という父の象徴のようなもののに
徴兵され、殺戮を目のあたりにし、おそらく引き金も引き
殺されそうになった心境というものはいかなるものだったのだろう
飢餓海峡という古い映画は もと殺人犯の会社社長の物語らしいが
まさに三国氏の人生を象徴しているのではあるまいか

佐藤さんは20歳の時に早稲田の駅で俳優になりたいことを伝えたという
素っ気ない返事だったらしい
彼は2度深刻な父の喪失を味わっているのだろう

三国氏の死に関して そりゃひどいもんですよ という言葉を泣きそうになりながら
マスコミに語っていたのは
なぜか憎しみとなぜなんだという複雑な愛情の混じった困惑の表情に見えた

彼は神楽坂の芸者をしていた母が新しい彼ができた時点で家を出ているらしい
不思議なことに父の出奔の時期と重なっている

飲み屋をしていた母は認知症となり30年間断絶していた母を今はを家を建てて面倒を見ているという

佐藤浩市の表情を見ていると芸能界という虚構の世界でよくぞここまで
抑制の効いた美しい表情を見せてくれるものだと感心した 
こんな本当の感情のこもった表情はみたことがない
女性ファンが見抜くのもむべなるかなだ

三国は壮年期までは実生活において人間に近づき暮らすことが怖かった人のようにも思える
そんな人が人間を描き出す名優になる 

人間嫌いで人に見せないいくつかの
自分だけの幻想的な美城を築いたルードウィッヒ2世が
世界から押し寄せる観光客で
その城がいっぱいになっているのに似ているとふと思った。
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by italofran55 | 2013-04-16 21:39 | 社会ねた